top of page
Search

トヨタがCVCを設立した理由(2020/8)

  • Yas Kohaya
  • Aug 1, 2020
  • 8 min read

Updated: Sep 6, 2020

私が設立に携わったToyota AI Venturesというトヨタ初のCorporate Venture Capital(CVC)は、豊田家の「一代一事業」という習わしと密接な関係がある。

豊田章男社長は「一代一事業」を継承するために社長になる以前からその布石を打ってきた。それは恐らくGazoo事業(元は中古車のネット検索)に始まり、近年はToyota Research Institute、Toyota Connected、Toyota Research Institute – Advanced Development(TRI-AD)といった新規事業の設立、そして直近ではWoven City事業に個人財産を投資するなど、トヨタの将来を考え矢継ぎ早に種まきをしてきた。(直接聞いた訳ではないが)Gazoo事業の発想はNUMMI駐在時代にシリコンバレーのIT企業のイノベーションに触発されて思いついた、とも言われているし、私が窓口を担当したテスラ 協業も豊田社長はイーロン・マスクにトヨタを改革するためのインスピレーションを求めていた。

私もその豊田社長の想いに共感しテスラ 提携に尽力した。残念ながら提携は解消する結末となってしまったが、協業のためにシリコンバレーに毎月のように通ううちにこの土地のイノベーション文化に刺激を受け、最先端を進むスタートアップからもっとビジネスアイデアや技術をトヨタとして吸収することはできないかと思うようになった。特に当時はUberやGoogleといったIT企業が自動車業界を「Disrupt」すると騒がれていたことから、この状況を逆手に取り異業種とタッグを組むことでトヨタに変革をもたらすことができるのではないかと考えた。まだ「モビリティサービス」という言葉が流行る前のことだ。

そこで私はCVC設立を企画し、テスラ 協業を統括していた当時の上司に提案したら「面白いじゃないか」という事になり、社長まで話を持って行ってもらうことになった。この先の話をし出すと長文になるので割愛するが、提案を上程してもらった結果、社長をシリコンバレーにお連れして現地視察してもらうまでは実現できたものの、結果的には提案は却下されてしまった。しかし、私の上司は発想自体には賛同してくれ、「とりあえずシリコンバレーに行って、ベンチャーコミュニティーのインサイダーになってこい」ということになり、2014年に現地駐在することになった(実際に駐在するまでには紆余曲折があったのだが)。

私が赴任した2014年時点では既に多くの日系企業がシリコンバレーに拠点を構え、トヨタもIT関連の研究開発子会社を抱えていた。私はその子会社のオフィス一室を間借りし、スタートアップ探索活動やコラボプロジェクトを立ち上げた。その当時シリコンバレーで盛んに行われていたハッカソンも企画してイノベーターの発想や技術を自動車に取り込む試みも行った。そういった活動をしている最中に、シリコンバレーに自動運転やロボティクスを研究開発する新会社を設立するという話が本社から舞い込んできて、後にCEOとなるギル・プラットのリクルーティングを現地支援した。新会社はToyota Research Instituteという名で2016年1月に発足。私はその会社設立後に経営メンバーとして参画することとなった(TRIの学びは今後のブログで紹介したい)。

CVCの話が持ち上がったのはTRI設立後間もなくのこと。当初の発想はTRIの研究開発を推進する上での必然性からであった。自動運転の開発には最先端技術へのアクセスと優秀なソフトウェア人材が欠かせない。TRI設立当時の2016年頃でもWaymoでは1000人以上の技術者を抱えているという情報もあり、それに真っ向から対抗するためには膨大な資金が必要であった。しかし、トヨタと言えども人件費が高騰するシリコンバレーでそこまでの規模の組織を作り上げる余力はなかった。しかも、センサーなどの高度技術は日進月歩の世界でスタートアップの方がよっぽどスピードが速い。特にLiDARなどはまだまだ未完成の技術であり、そのセンサー技術一つを取っても実用化するまでには膨大な研究開発費が必要なのである。となると、課題は「如何に自前でやるか」よりも「如何に外部の最先端技術を取り込めるか」ということになる。トヨタはTRIというR&D拠点をシリコンバレーに構えることでトップAI人材を獲得することはある程度は成功していたが、自動車業界を敬遠するソフトウェアエンジニアも多く、採用活動は容易ではない。そういった優秀な人材や、彼らが志望するようなスタートアップとつながるためには別の戦略が必要であった。そこで、最新技術に一早くアクセスする有効手段として、やはりTRIとしてベンチャー投資ファンドが必要なのではないか、という結論に至った。

この「自社の研究開発を補完する機能としてのベンチャー投資」という発想は、大企業の視点からすると理にかなったロジックである。製品化できるか不透明なハイリスクな技術に膨大な開発費を注ぎ込むよりも、スタートアップに数億円投資することで同技術にアクセスできるのであればよっぽど投資回収効率が高い。しかし、スタートアップ視点だとそう簡単な話とはならない。起業家からしてみると「ベンチャーキャピタルから容易に資金調達できるのになぜわざわざ大企業のお金を受け取る必要があるのか?」という話になる。ベンチャーキャピタル業界は基本的に資金供給過多状態にあり、完全にスタートアップの売り手市場。逆に大企業による投資は「Dumb Money(頭の悪いお金)」と揶揄され、起業家コミュニティの中では「VCから資金調達できない場合の最後の手段」というイメージが定着していた。意思決定の遅さや、投資条件として大企業都合の無理難題の条件を押し付けてくるなど面倒なことが多く、とにかく大企業のマネーは受け取らないのが無難、というのが共通認識なのである。更にスタートアップが資金調達する場合は複数の投資家が共同で投資するのが一般的で、著名なVCがリードインベスターとなり他に誰がその投資ラウンドに入るべきかを牛耳る。優良スタートアップの資金調達となると大抵の場合はオーバーサブスクライブ(必要以上に投資家が投資ラウンドに参加希望してくること)となるため、よっぽど存在感のあるCVCでなければ仲間にいれてもらえない。老舗VCからしてみるとCVCは厄介者で、できれば投資ラウンドには入れたくない存在。つまりインサイダーでなければ優良案件には辿り着けないのだ。 

となると、当然ながらトヨタに対しても厳しい目が向けられ、「なぜトヨタのような旧来型の製造業のお金を受けなければいけないのか?」ということになる。自動車会社のCVCは既にいくつも存在していたが、いずれもベンチャーコミュニティーの中では評判が悪く、Dumb Moneyの象徴であった。トヨタとしてそのイメージを払拭するためには迅速な意思決定ができるだけではなく、なぜトヨタがベンチャー投資をするのか、そして投資したスタートアップにどんな付加価値を提供できるのかを示す必要がある。つまり大企業側の都合やニーズを押し付けるのではなく、起業家視点に立った説得力のあるビジョンとストーリーが不可欠なのである。そこで企画メンバーの間でTRIの研究開発の補完機能という枠組みを超えた、トヨタの将来ビジネスの探索のため、という位置付けにしよう、ということになった。トヨタがクルマという概念を越えたモビリティの将来像を世界に示し、スタートアップのスピードで動くCVCを構築することができればきっと我々に共感してくれる起業家やVCが集まってくるはずだと考えた。

当時の企画は、私とのちにToyota AI Venturesのマネジング・ディレクターとなるジム・アドラーで二人三脚で行っていた。ジムは起業経験が豊富で、どうやったらトヨタがベンチャー投資で成功できるか具体的なイメージを持っており十分に勝算があると考えていた。ところが、2人で練りに練った企画も本社で説明に回るとその理屈がなかなか通らない。愛知県豊田市トヨタ町からはシリコンバレーは遠い別世界で、地道な改善作業で一円単位の原価低減活動に汗をかいている社員や役員からすると、成功するかも分からないスタートアップに億単位の投資をするなどある種のギャンブルのようなもの。当然ながら「トヨタにとって何のメリットがあるのか?」という反応であった。自前主義の強いトヨタだけにそういった反応は当然とも言える。中には理解を示してくれる人もいたが、当時はTRIを設立したばかりだったために「既にTRIのために1000億円もコミットしたばかりなのに、なぜ更なるお金が必要なのか?TRIの既存予算の中で勝手にやってくれ」という意見の方が多かった。ごもっともである。

しかし豊田社長の反応は違った。ジム・アドラーがこの取組みがトヨタにとって如何に重要であるかを力説すると瞬時に賛同してくれ、一刻も早く立ち上げるように、との指示だったのである。ジムの起業家精神に共感してくれたのは間違いないが、それ以上にこれがトヨタの将来のためであること、そしてベンチャー精神を本社に吹き込む事で硬直的な文化を改革する突破口となることを直感的に理解してくれたのだ。更には、至る所で社内抵抗に遭遇するかもしれないがリスクや失敗を恐れずにスピード第一でどんどん進めるように、とまで激励してくれた。イーロン・マスク にインスピレーションを求めたように、有望な起業家を支援することで彼らがトヨタを新しい方向に導き、「一代一事業」のきっかけとなるかもしれないと気づいてくれたのだと思う。

もちろん、豊田社長の一言で物事が決まるわけではなく、その後も社内の協力を得るために地道な理解活動が続いた。トヨタ初のCVCとして理想の姿を描いていたが、そこから妥協せざるを得ないこともあった。ただ、社長の後押しのおかげで一気に社内の理解度が高まり、無事に取締役会での承認を得ることができた。そして2017年7月、Toyota AI Venturesという名称でついに発足。自動運転、ロボティクス、AI、モビリティといったトヨタの将来に欠かせない領域において、アーリーステージ・スタートアップを支援するファンドとしてスタートを切った。これまでのCVCのイメージを覆すため、迅速に意思決定できる体制を構築し、ファウンダー・フレンドリー(起業家に寄り添う)であることも強く押し出した。そして3年経った今、世界中の起業家から注目を集める存在にまで成長した。この成功は決して私の功績ではなく、一緒に立ち上げたジム・アドラーの手腕によるものではある。だが、私が2013年頃に描いていた構想がやっと形となり、トヨタの将来のために少しでも貢献できたこと、そして豊田家の「一代一事業」のきっかけを作れたことを光栄に思っている。

今後のブログの中で、CVC成功の秘訣を紐解いていきたいと思う。

 
 
 

Recent Posts

See All
シリコンバレー人材の活用( その4:転職は歓迎すべき!)

シリコンバレー人材活用法の最後は転職との付き合い方について。現地で拠点を構える上で覚悟すべきことは人材流動性であり、離職・転職は避けて通れない、ということ。この課題に対しても私の答えは単純明快で、転職を歓迎することである。...

 
 
シリコンバレー人材の活用(その2:報酬制度)

(注:私は人事制度の専門家ではありません。このブログはあくまでも現場での考察と私の経験にもとづいて考えをまとめたものです) 先回のブログでは優秀な人材を集めるための採用について語ったが、今回は採用した人材にモチベーション高く長く働いてもらうためのインセンティブ、特に報酬につ...

 
 

Comments


Commenting on this post isn't available anymore. Contact the site owner for more info.
Post: Blog2_Post

©2020 by Future of Mobility. Proudly created with Wix.com

bottom of page