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Toyota Research Instituteは成功だったのか?

  • Yas Kohaya
  • Oct 1, 2021
  • 10 min read

大企業が本業とは異なる領域においてイノベーションを生むためには本社のライン業務とは切り離された別組織でじっくり取組む環境を作る必要がある。そういったイニシアチブは「出島」と称される事があるが、私のイメージは出島とは異なる。出島はあくまでも自社社員を出向させ新たなチャレンジに刺激を受けて知識や経験を蓄積するものである。その手法を否定するつもりではないが、問題は同じ社員に違うことをやらせても成果は限られているということである。


世界で戦えるイノベーションを創出するためには、場合によっては外部の優秀人材を呼び込み、自社にはない知識やスキルを活かすことで他社にLeap Frogしなければいけない。その一つの事例が2016年に設立されたToyota Research Instituteである。


TRIは自動車業界において類を見ない壮大な試みであった。AIや自動運転、ロボティクスという最先端研究開発において5年間で1000億円という巨額の投資を行い、自動運転業界の事実上先頭リーダーである米グーグルの親会社アルファベットの自動運転開発部門ウェイモに追い付く、というチャレンジであった。


その当時、ウェイモは自動車産業の破壊者として捉えられ、如何にその脅威に対抗するかということが最重要課題となっていた。しかし、従来的なクルマとは異なりAIなどといった高度ソフトウェア技術が根幹となる自動運転開発においてはウェイモを含む新興企業に立ち向かうだけの知識や人材が自動車会社には不足していた。更にAI技術者はIT業界で人材争奪戦が過熱し、自動車会社にとっては手の届かぬ雲の上の存在となり、そういった優秀な人材を獲得するためには本社の人事制度と異なる採用戦略が必要であった。


ここでトヨタが着目した重要なポイントは、トヨタがAIという最先端技術ノウハウを「手の内化」するためにスタートアップやIT企業との協業を組むのではなく、独自の組織を起こし内製開発に重点を置いたことである。これまでもトヨタはハイブリッド技術や燃料電池パワートレインなど、自動車の将来の要となる高度技術は内製開発することに拘ってきた。そのため自動運転のコア技術となるAIもトヨタは自社の根幹技術と位置付け、手の内化する必要があると判断した。しかし、AIという自動車業界にとって門外漢の技術は社内の組織改革や人材育成だけではそう簡単に習得できるものではなく、ノウハウを持った外部人材を呼び込む新たな仕組みが必要という結論に至った訳だ。


トヨタは「打倒ウェイモ」という目標を掲げるために画期的な作戦に出た。まずはAI研究において権威と呼ばれるギル・プラット博士を擁立し、研究テーマから取組み方針まで全て権限を任せた。TRIの本拠地はAI人材が多く集まるシリコンバレーとし(実際にはシリコンバレー以外にもボストンとミシガン州にも拠点を構えた)、独立した子会社として人事・採用から全ての運営を本社から切り離し、報酬制度もAI業界のレベルに合わせた。



TRI設立は2016年1月のCESにて大々的に発表され、世界中から注目を集めメディアでも幅広く報道された。そしてその発表からほぼ7年近くが経った今、現在は350人体制の立派なR&D子会社に成長した。しかし、一体TRIは成功だったと言えるのだろうか?


発足当時に比べると業界や市場の状況も多少変化し、トヨタ本体の戦略シフトによってTRIの役割が変わってきたところもある。また、ギル・プラットCEOの経営手腕を批判するつもりはないし、実際のところAI研究において素晴らしい成果を出している事例もある。現時点においても研究開発は継続中のため結論付けることは控えるべきだが、一方でイノベーションを興す仕組みとして機能したかという点においては、想定通りにはなかなかうまく行かなかった、というのが率直な意見である。その理由を出口戦略と組織作りという角度から分析してみる。


出口戦略の重要さ


優秀な人材を集め革新的テーマにじっくりと取り組むためには本社から隔離された自由な環境を構築する必要があるということは冒頭でも述べた。しかしその仕組みを成功させるためにはR&D成果の出口戦略を明確にしておかなければいけない。


TRIのように本社とは完全に切り離した組織や事業を設立するのであれば、本社に依存しない形で成果を世の中に送り出す商品化・事業化の戦略が必要となってくる。但し、そのためには研究開発だけではなく、マーケティングや商品開発などの機能も必要となり、組織も膨大となり投資額がいくらあっても足りなくなる。TRIはあくまでも研究中心の組織であり、製品化の役割は設立当初から想定されていなかったため、独自の商品化路線は持たなかった。


もし独自に商品化することが目的でなければ、他社にIPを売り込むこともできるが、大抵の場合は本社の製品、或いはその周辺ビジネスに織り込むことになる。そうだとすれば本社の開発機能と連動する仕組みが必要となり、独立した会社と言えど結局は本社各部門と密に連携せざるを得ない。しかし本社に寄り添うほど本社都合の硬直的なやり方や意思決定プロセスに従わざるを得なくなり、独自性を担保した意味がなくなる。TRIのように本来のアピールが本社のマイクロマネジメントに邪魔されない自由な研究開発環境を提供できるという点であるならば、そういった本社とのやりとりに嫌気がさして辞めて行ってしまう人材も出てきてしまうだろう。もちろん実際はそう白黒つけれるものではなく、技術者としても自分の成果を世の中に披露したいと渇望している以上、トヨタ本社がその成果物を次世代車に搭載してくれるのであれば嬉しいと思うもので、それを期待してTRIに入社した技術者も多くいる。しかし、画期的な技術ほど既存商品に入れ込む難易度が高まる。技術的なインターフェイスの相違性だけでなく、TRIと本社との仕組み違いやカルチャー衝突も無視できない。


例えば自動運転の場合、どれぐらい先の将来を見据えて、どういった用途を目的に開発するのかという目標を設定する必要がある。自動運転技術はまだ日進月歩の世界で、センサーやAIの技術も常に進化しており、またどのような環境にも対応できる高度な運転機能を持たせようとするとそれなりのコンピューティングパワーも必要となってくる。研究目的の試験車であればコスト度外視で世界最先端技術をてんこ盛りにすればいいが、一般のクルマに搭載することが目的であれば耐久性や信頼性ある確実な技術を消費者が手に届くコストに抑えるための開発が必要となってくる。また開発した技術を所有するクルマに搭載するのか、それともライドシェアのような用途を目指すのかによってもパッケージングやコスト、性能目標も異なってくる。


つまるところ、何をゴールとするのかを組織設立時に明確にしておかなければいけない、ということだ。ところがTRIは曖昧なままスタートしてしまった。もちろん全く目標がなかった訳ではなく、「5年でウェイモに追い付く」という野心的なゴールを掲げたのは事実だが、その技術成果をどうトヨタとして事業や商品戦略に反映させるかというビジョンが欠けていた。つまり、TRIの成果を従来的な自動車のADAS機能として搭載するのか、それともトヨタとしてウェイモに対抗するような新しいモビリティサービス事業に活用するのか、そして目的が後者であればTRI(或いは本社ではない別の新組織)がその新規事業を手がけるのか、ということである。



アイデアが先か、組織作りが先か


研究開発会社にイノベーション創出を頼るもう一つの問題は、会社という「箱」作りが先行して、アイデアや成果が後追いするという点だ。TRIの場合はまず会社を設立し、大まかな研究テーマの方向性とそれに紐づく1000億円という予算を立て、優秀な人材を集めるところから始めた。金額はさておき、その手法は何も画期的なことではなく、トヨタも含め大企業がこれまでやってきたことの踏襲ではある。TRIのユニークさは、極論すればカリスマリーダーの指揮のもとAI人材を一気に採用し組織運営の独立性を担保したという点である。しかし、招集した人材がどのような成果を出すかは研究に取り組まなければわからないし時間もかかる。しかも何が生まれてくるか分からないので、それをどう商品に活かすかは成果次第、ということになる。つまり、先ほど述べたことと矛盾するようだが、出口戦略が立てられないのである。


一方で、スタートアップの場合はその逆パターンで、まずは商品アイデアから始まる。そのアイデアを持った少数先鋭チームが限られたリソーセスの中でプロトタイプを開発し、ごくわずかの手元資産で必要な人材を適材適所で採用しながら慎重に組織を育て、成果ベースで次のフェーズに進むために資金調達する。成果を出さなければ資金が確保できず倒産しまう、という背水の陣の覚悟で邁進しなければいけない。社員の給料も決して満足いくものではないが、ストックオプションを手に将来の成功を夢見て製品開発にがむしゃらに取り組む。会社を起こしたときから1000億円という潤沢な資金があるなどという贅沢な話はあり得ない一方で出口戦略は単純明確で、商品化・事業化というゴールに向かって全社員が一丸となって取り組むという意味においては非常に効率的と言える。大企業が取組むイノベーション手法としても新規事業をスピンアウトさせるなどスタートアップ的な仕組みや環境をつくることはいくらでもできるはずだ。


どちらが良いかは一概には言えず、会社方針や文化、予算、目的によってやり方は色々あるし、イノベーションを創出する手段としてTRIが取った手法が間違いだと言っている訳ではない。壮大なテーマとギル・プラット氏というカリスマのリーダーシップに共感して優秀な人材を集めて、その彼らの想像力・技術力に任せて研究開発の方向性を決めていく、というやり方はアリだとは思し、そうすることによって(上手くいけば)本社に良い刺激を与えることにもなる。実際のところ、豊田章男社長はそこに期待していたのだと思う。しかし問題は、大胆な取組みほどどうしてもコスト先行型になってしまうことだ。シリコンバレーでは人件費は高騰し既にビジネスしづらい場所となってしまっている。しかし優秀な人材を採用しても成果が出るには時間がかかり、当面はコスト持ち出し状況を我慢せざるを得ない。画期的なアイデアを大切にインキュベートして必要な開発工数に応じてその都度組織を少しずつ拡大していくならまだしも、成果よりも先に1000億円などという予算を立ててしまうと、それを維持するだけでも大変で、いずれ本社から費用対効果を求められてしまう。優秀人材を集め巨額の予算を充てれば何かすごい成果が出る、と期待した訳だが、そういった期待先行型のイノベーション創出仕組みの持続性が問われかねないのである。


尚、5年間で1000億円など巨額すぎると思うかもしれないが、実際のところはウェイモの年間予算にも満たなく、結果的には現在においてもトヨタはウェイモに全く追いつけていない。それはTRIだけの責任ではなく、現時点のTRIのゴールは既に「打倒ウェイモ」ではなくなっているが、当初掲げた目標に達成できたかという指標に対しては残念ながらノーという答えになってしまう。


日本の大企業が学ぶべきポイントは何か?


1000億円などという投資を行いギル・プラット氏のような著名人を引きつけられる日系企業はトヨタだけだと思うかもしれない。しかし、イノベーションを興す仕組み作りという点で参考になる点は多いはずだ。壮大なビジョンを掲げて、将来必要となる重要スキルや知識が何かを見極め、それが社内にないのであれば手の内化するために外部人材を採用し、画期的な成果を出せる環境や仕組みを提供する。世界に通用するイノベーションを創出するためにはそういった大胆なアクションが必要であることは間違いない。TRIから学ぶべきポイントは人材活用のほかに、いかに明確な出口戦略を立てるかということと、会社設立という「箱作り」だけが先行しないような組織づくりであろう。


次回のブログでは、そういった取組みを大きく左右する、優秀な人材の採用や活用の課題について語りたいと思う。

 
 
 

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