【CVC成功の秘訣】成果報酬の本当の意味
- Yas Kohaya
- Oct 1, 2020
- 6 min read
Updated: Nov 4, 2020
日系企業がCVCを海外展開する上で投資メンバーを現地採用することは最早珍しいことではなくなった。優良企業にアクセスするためにはスタートアップ・エコシステムのインサイダーとして人脈ネットワークが豊富な人材を擁立することは今や必須条件である。PwC社の調査(※1)によるとCVCを運営する国内企業の3割以上が「適正な投資条件で出資できているのか自信がない」「なかなか良い投資先を見つけることができない」と感じているそうで、如何にベンチャーキャピタルのプロフェッショナルを採用することが重要かを如実に表している。
投資のプロ人材を採用するためには適正な成果報酬を給与体系の一部として設定することも欠かせない。VC業界用語で言う、ファンドとしてキャピタルゲインが出たときに支給されるキャリード・インタレスト(Carried Interest、通称キャリー ※2)と呼ばれる成果報酬のことである。なぜキャリーが重要かと言うと、それは単純明快で「VC業界のスタンダードだから」であり、それ無しには優秀な人材を採用できないからである。但し、そういった報酬体系に対する日本企業の受け止め方は芳しくない。一般的な日系企業の給与体系に馴染まないので「よくわからないから」という拒絶反応もあるが、それ以上に「現地採用した人材が本社のニーズを無視して金儲けばかりに奔走するのではないか?」という疑いを持たれてしまうことも無視できない事実である。特に製造業の場合は「ものを造ってなんぼ」というものづくり信仰が影響しているのではないかと思う。Toyota AI Venturesを設立するときもこのキャリー報酬は同じ理由で問題視された。私の場合、トヨタ本社の役員や法務部などに対してキャリーが業界標準であることを訴え何とか理解してもらえたが、そう簡単に通らない日系企業も多いだろう。
しかし、キャリーの本当の意味は、キャリー自体が優良案件へのアクセスの鍵となる、ということだ。どういうことか?
私の先回のブログでは日系CVCが戦略的リターンだけでなくフィナンシャルリターンも重視するべきことを提唱した。優良スタートアップは必ずフィナンシャル・サクセスを求めているのだから、CVCも彼らの成功のために惜しみない支援を提供し、企業価値(バリュエーション)の最大化を共に目指すことで、結果的に戦略的リターンが得られる、というロジックだ。そして何よりもスタートアップCEOは必ず投資家に対してFinancially aligned(利益を追求するという目標を共有すること)であることを求める。当たり前のようだが多くの日系CVCはそのベンチャー投資の基本を理解していない。それどころか本社の都合ばかりを気にしてスタートアップの成長に貢献しない協業を優先しようとするため、結果的に敬遠されてしまう。
ところが、投資メンバーにキャリーがあると知るとスタートアップCEOの態度は一変する。投資先企業が上場するか買収されキャピタルゲインが出れば、投資チームにもその一部が還元されて、共に富を得ることができるからだ。つまりキャリーがあるということは、支援するスタートアップの成功へのコミットメントの表れであり、互いに利益を追求する目標が合致していると暗黙のメッセージを発信しているようなものなのだ。特に日系CVCの場合はただでさえイメージが悪いので、キャリーがあると知るだけでもスタートアップCEOは良い意味で驚く。そしてその利害が一致すればその後の投資交渉や協業の検討もスムーズに進むし、その結果スタートアップコミュニティ内で口コミ評判が広がる。つまり、キャリーは投資チームのインセンティブ制度として機能するだけでなく、その存在そのものが優良スタートアップの呼び水となるのだ。

平等性や公平性を重んじる日本人にとって、ごく一部の社員だけに成果報酬を与えるのは心理的な抵抗があるかもしれない。成果主義で動くスタートアップ業界はこれが当たり前、と受け入れる必要はあるだろう。金儲けに暴走するのではという(特に本社役員の)疑いを払拭するのもそう簡単ではない。しかし、そもそもキャリーはIPOやM&Aなどを通じてキャピタルゲインが発生しないと支給されない。ベンチャー投資においてその打率は必ずしも高くはないし、IPOやM&Aが実現できたとしても通常はファンド発足から5−10年は掛かることを考えると「金儲けに暴走する」というのは誤解がある。また、投資領域や投資金額の上限を設定したり、投資委員会に本社の役員を入れておくなど、仕組みによって「暴走」を抑制することは十分に可能だ。Toyota AI Venturesの場合、投資委員会はマネジング・ディレクター以外には親会社Toyota Research Instituteの経営陣、トヨタ本社の役員、そして社外取締役から構成されており、意思決定のスピードとガバナンスを両立できるようにしている。さらに仕組み以上に、本社のビジョンや目指したい将来像を投資チームと共有することが何よりも重要だ。Toyota AI Venturesのマネジング・ディレクターであるジム・アドラーは元はベンチャー・キャピタリストではなかったが、シリアル・アントレプレナーとして起業経験が豊富なだけでなく、自身が起業したスタートアップが大企業に買収されたり、その買収先の大企業でスタートアップ連携や買収を手掛けるなど、スタートアップと大企業双方のニーズを熟知している。CVCを運営するには最適の人材だ。そして今やトヨタのことを真剣に考え献身的に投資活動に従事しているが、それは豊田章男社長とトヨタの将来像をしっかりと共有できているからにほかならない。社長の信頼を得ていることはキャリー報酬以上に強力なモチベーションになるのだ。
キャリーはCVC運営に必要な要素の一つでしかないが、スタートアップコミュニティの中でプレゼンスを高め成果を出すためには重要な制度だ。逆説的に言えば、競争の激しいベンチャー投資業界の中でキャリー無しにCVCの成功は望めない。これを導入するだけでも「なかなか良い投資先を見つけることができない」という悩みは解消されるはずだ。
※2:ベンチャー投資ファンドにおける基本的なフィーはマネジメント・フィーとキャリード・インタレストから構成される。マネジメント・フィーはリミテッド・パートナーがファンドにコミットした金額に対して一定比率徴収されるもので、社員給与やオフィス賃貸などといった基本的な運営経費をまかなう管理手数料。一方で、キャリーはキャピタルゲインが発生した際に、投下資本の元本100%を投資家に返還した後の残余利益の中からファンド・マネージャーに支払われる成果報酬のこと。通常は残余利益の20%程度がファンドマネージャーに、80%程度が投資家に分配される。例えば1億ドルのファンドが資金を運用した結果、1.5億ドルまで増えた場合、まずLP投資家には1億ドルを返還し、残りの0.5億ドルについてはその20%の1千万ドルをファンドマネージャー(或いはGP)が成功報酬として収受、残り80%の4千万ドルがLP投資家に分配される。
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