【CVC成功の秘訣】戦略的リターンの罠
- Yas Kohaya
- Sep 1, 2020
- 7 min read
Updated: Sep 28, 2020
日系企業がCVCを運営する際、「うちのCVCは戦略的リターンが目的だからフィナンシャルリターンは追わない」という声をよく聞く。私がToyota AI Venturesを設立する際に本社に説得に回った時も、またその後運営をし始めてからも役員から「金儲けのためではない」と釘を刺された。スタートアップ業界やベンチャー投資の仕組みを理解していない人からするとある種の荒稼ぎのギャンブルのように見えてしまうのでそういった意見を持ってしまうのは仕方がない面はある。しかし、この戦略的リターン重視のCVC運営方針には大きな罠が潜んでいる。
ベンチャー投資の中でCVCは”Strategic Investor”として大きな役割を果たしている。それはスタートアップが成長するために必要なリソーセスや支援を提供し、知名度の高いCVCであればそれを運営する大企業の「お墨付き」をもらうことで該当スタートアップのネームバリューが高まり、成功の確率を高めてくれるからだ。一方で、CVCは”Dumb Money”(頭の悪いお金)の象徴として起業家から敬遠されているのも事実。全てのCVCに当てはまるわけではないが、特に日系CVCの多くは投資決定に時間がかかったり、出資とセットで本社との協業等といった大企業都合の条件を要求したりと、何かと厄介な事があるので極力付き合わない方がいい、というのがアントレプレナー間での共通認識だ。更に、昨今ベンチャー投資業界は資金供給過多状態にあり、アイデアと優秀なチームさえあればVCから容易に資金調達できる。そんな中であえてCVCからの出資を受け入れざるを得ないのはよっぽどダメな二流三流のスタートアップだからだろう、というイメージが定着している。
当たり前のことだが、アントレプレナーが目指すのは事業・利益の最大化だ。中には利益追求よりも世の中に貢献したいという社会貢献的な視座を持っている人もいるが、ベンチャーマネーを受け取るスタートアップは利益を出してこそ成功と言えるものだ。逆に言うと、どんなに素晴らしいビジネスであっても儲からなければ話にならないし、投資家に還元すらできない。世界を変えるような画期的な技術やビジネスのアイデアを持っているスタートアップは、それなりにフィナンシャル・サクセスの野望も大きく、そこにリターンを求めて著名な投資家が集まってくる。そしてその投資家達が手厚い支援を提供することで成功率を更に高める、という好循環が生まれる。一方で、技術が優れていても事業性として儲かる目処がなければ投資家は見向きもしないので資金は集まらず結果的にそこそこの事業にしか成長しない。つまり、有望なスタートアップというものは必然的にフィナンシャルリターンを重視する企業であり、投資家としてフィナンシャルリターンを追わないのは、有望なスタートアップと付き合う事は重要ではない、と宣言しているようなものである。
日系企業が「フィナンシャルリターンを追わない」と拘るのは、「お金を儲ける事ばかりを気にして良いモノを造ることが疎かになるのではないか」という懐疑心があるからだと思う。いいモノを造ればきっと売れる、という「ものづくり信仰」は多くの日系企業に未だに根付いている。それは素晴らしい精神であり日本が世界から尊敬される理由でもあるのだが、過去を振り返ると、優れている技術が必ずしも儲かるわけではない、ということは既に立証済みであるし、ものづくり信仰が日本経済再生の妨げになっている、という見方の方が実態に合っているだろう。それに意思決定の遅さなども重なり、そもそも日系企業はグローバル市場の中で不利な立場にあることを覚悟しておかなければならない。そんな中で日系CVCがスタートアップに対して「我がCVCは戦略的リターン重視でありフィナンシャルリターンを追わない」と宣言してしまうと、「貴方たちは我が社の成功に貢献するつもりはないのか?」という受け止め方になってしまうのだ。
更によく遭遇するのが本社のスタートアップへの傲慢な態度。特に成功している大企業だと自前主義が強いので、どうしても「このスタートアップと付き合うと何が得られるの?」「ちゃんとうちみたいな企業と付き合えるの?」「品質は大丈夫なのか?」「倒産したらどうするの?」などといった上から目線でスタートアップに厳しい目を向ける。もちろんそれを無視しても良いという訳ではないが、急成長する有望なスタートアップは厄介な大企業と付き合っている余裕などない。通常、スタートアップは18ヶ月のランウェイ(現金)しかなくて、その間に投資家に約束した成果を出さなければ次のステージに進む事はできない。人も金もリソーセスもギリギリの中で技術開発を進め、顧客を開拓し、事業を軌道に乗せるためには毎日が戦いであり、生きるか死ぬかの恐怖に晒されながら邁進するのがスタートアップの宿命なのだ。だから投資家に対してはお金だけでなく、有望な人材の紹介から、ポテンシャル顧客の紹介から、技術・生産ノウハウなど、ありとあらゆる支援を期待する。投資家もリターンを最大化するために経営アドバイスなど惜しみなく支援を提供する。そんな中で、(特にアーリーステージのスタートアップの場合)本社との協業を強制されるなど邪魔者以外の何者でもなく、極力付き合いを避けたいというのが本音なのである。だからCVCも投資先スタートアップの目標にベクトルを合わせフィナンシャルリターン重視にならなければいけないのだ。

しかし、日系企業のCVC担当者としてはここで矛盾が生まれる。本社の役員にCVCの意義を力説したところでこの「フィナンシャルリターンの重要性」は理解してもらえないだろう。それは乗り越えられない壁であり、社内でCVC設立の承認を得るためには戦略的リターン重視で通さざるを得ないケース(というか、フィナンシャルリターン重視ではない、と明言せざるを得ない)の方が多い。しかも、多くのCVCは投資を決める前に本社のスポンサー部署を探す必要があるなど、かなり周到な根回しをしなければ投資の許可が下りない企業もある。しかし、外向けにはフィナンシャルリターン重視であることをアピールしなければ有望なスタートアップには巡り合えない。スタートアップコミュニティーというものはシリコンバレーであろうがイスラエルであろうが狭い世界で、良い評判も悪い評判もあっという間に広がる。「あそこのCVCは無理な条件を突き付けてくるから付き合わない方がよい」などといった口コミは一旦広がるともう挽回はできないと覚悟しておいた方がよい。つまりCVC担当者としては、「内向けには戦略的リターンをアピールし、外向けにはフィナンシャルリターンをアピールする」という両面性をうまくバランスを取るしかない。この矛盾をどう両立するかは企業毎に事情が違うので明確な答えはない。しかし、本来であれば「有望なスタートアップは、事業として成功する確率が高いのだからフィナンシャル・サクセスの確率も高く、結果的に戦略的リターンにつながる」と捉えるべきではないかと思う。CVCの真の目的は、投資先スタートアップを手厚く支援して企業価値を高め、成功したところで買収することで自社の「新たな能力」にする、ということであるはず。つまり大企業としてもフィナンシャルリターンを追求することは経営戦略的にも矛盾しないはずなのである。なのに、そこを理解せずに、CVCそのものを目的化としてしまったり、協業を引き出すため切り札のように使ってしまうから「儲けてはいけない」などといった本末転倒なことになってしまう。

とは言え、やはり大企業にとってCVCは戦略的リターンが目的であることには違いない。では、この板挟み状況をどう解決すればいいか?私は投資先スタートアップに対して、1)自社の提供価値をアピールし相手の成功のために惜しみない支援を約束する、そして2)出資時は協業を条件としない、という2点が重要ではないかと思う。つまり、スタートアップをお客様と捉え、そのお客様の成功を第一に考える事。そして無理な大企業都合の条件は押し付けずに、まずは相手の成長を温かく見守り、本社との連携がそのスタートアップにとってプラスになる場合のみ協業を提案する。それを徹底するだけでも反応は違ってくるはずだ。
前述したように、ベンチャー投資業界の中で日系企業はイメージが悪くハンデが大きい。一方で、日本の大企業がスタートアップに貢献できることはまだまだ多くあるので、CVCをうまく活用すれば相乗効果を生み出すことができるはずだ。そのためにも日系CVCは戦略を見直しフィナンシャルリターン重視になるべきだ。
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