コロナ禍で目覚めた13歳の起業家精神
- Yas Kohaya
- May 31, 2021
- 7 min read
Updated: Jun 6, 2021
起業家精神は生まれつきのものなのか、経験を通じて身に付けるものなのか。スタートアップ業界の永遠のテーマである。私自身は起業家ではないが、あることをきっかけに起業に目覚めた中学生の息子にそのヒントを垣間見たように思う。
2020年の夏頃、コロナ禍で世の中がロックダウンに陥る中、壮馬(当時13歳)は出前自転車修理ビジネスを始めた。マウンテンバイクが大好きな彼は、当初は私のお下がりの自転車に乗っていたが、次第に自分の本格的なフルサスペンションバイクを欲しがるようになっていた。私が譲ったマウンテンバイクは20年選手と言えどまだ十分に機能していたので、「自分の自転車が欲しいなら自分で稼ぐ手段を考えなさい」と、私は(そう簡単に買えるものではない、という忠告の意味も含め)彼を促した。ちょうどその頃、シリコンバレー界隈でもコロナ感染拡大によりロックダウンが始まり、運動不足解消のためにサイクリングを始める人が急増。その結果、近所の自転車ショップはたちまち品薄となり、修理依頼も殺到して2ヶ月待ちはザラという異例の状態となっていた。その状況に気がついた壮馬は、私から既に学んでいた自転車メンテナンススキルを活用して自転車修理サービスを提供すればビジネスになるのではないか、と思いついた。
ビジネスを始めるにあたって、私が持っている自転車より高価なものは買ってはいけない、という条件だけは付けたので、目標を2500ドルとしたが、その先は全て自分で考え実行させた。まず顧客開拓のために広告紙を作成し近所の電信柱に掲載して回った。興味を持った人が問い合わせできるように専用のメールアドレスも開設。価格は決めずに「修理に満足したらチップをください」と、あくまでも依頼者の善意に任せるようにした。

近所に張り紙した宣伝
すると数日後にポツポツと連絡が来はじめた。自分でメールで修理内容や日時のやりとりを行い、依頼主の自宅に訪問してガレージで作業を行う。大抵の依頼はパンク修理やシフトの調整といった簡単な内容で、壮馬にとっては朝飯前の作業だ。サービスの一環としてチェーンにオイルを注すなどのメンテナンスも必ず行った。無事に終わると「いくら欲しい?」と聞かれるので、「10ドルください」と言うと、大抵はその倍ぐらいはくれる。もう少し込み入った作業の場合20ドルを請求すると、30ドル、場合によっては40ドルもくれる人もいる。依頼者にとっては、自分で自転車ショップに持ち込まずに自宅ですぐに直してくれるので40ドルでも安い、という感覚なのだろう。そうやってビジネスは軌道に乗り始めた。

コツを掴んだ壮馬は、更に顧客開拓するために今度は”Nextdoor”という「ご近所フェイスブック」のようなアプリにも宣伝を掲載し、同時に張り紙するエリアも拡大した。すると依頼件数がさらに増え始め、口コミ評判の効果もあったのか、気がついたら夏休み中は毎日依頼が入るほど大流行していた。秋になり新学期が始まっても依頼は止まらず、授業が終わったら仕事に出かける、という大忙しの毎日が続いた。問い合わせ内容も修理だけでなく、中古自転車を探して欲しいといった依頼もあり、次第に「稼ぐ力」を身につけるようになっていった。始めた当初、私は2500ドルという金額を売り上げるには2、3年はかかるだろうと想定していたが、あまりの人気に2500ドルをなんと数ヶ月で稼いでしまった。

Nextdoorアプリの宣伝
この経験を通じて本人が気がついたのは、宣伝、集客、カスタマーサービス、会計、コスト管理などといった、ビジネスの基本を自然に身に付けていたこと。例えば、私は彼にパンク修理キットやスペアチューブなどといった必要材料を稼いだお金の中から自分で購入させるようにした。つまりそれは営業コストとして利益に直結するので、できるだけ安く調達するように意識し始める。更に、しばらくやっていると大抵の場合、修理に必要なパーツは同じものであることがわかってきたので、事前に一定在庫を持っておくことで「業務効率化」も図った。
依頼者とのメールや電話での応対も全て自分でこなした。支払い金額は相手の満足度次第で決まるので、作業も対応もできるだけ丁寧にするようになる。もっとビジネスを拡大するためには何をすればいいかと色々知恵も絞り、例えば状態の良い中古自転車を安く入手し必要な修理を加えてネットで転売することも始めた(もちろん仕入れコストは自己負担)。するとどんな自転車が売れるのかを意識するようになり目利き能力が身についた。あまりにもビジネスが成功してお金の管理にも困り始めたので、私は彼に本人名義の銀行口座とクレジットカードを発行してあげることにした。今やビジネスに必要なパーツなどはそのクレジットカードで自分で仕入れてお金の収支を管理している。
勿論、たまに挫折も経験する。稀に難しい人にも直面し、始めた当初は泣きっ面で帰ってくることもあった。しかし悔しい思いをしながらも大人と交渉する力を身につけ、気がついたら大人に対して全く動じない自信溢れる14歳の青年に成長していた。
そしてビジネスを始めて1年経った今、念願のマイバイクは手に入れたが、今度はマイカーの購入を次の目標に設定しビジネスを更に加速させている。テスラが席巻するシリコンバレーに住んでいながら彼はなぜか80、90年代の日本のスポーツカーの虜になってしまい、中古のRX-7を免許取得前に買って自分でレストアするんだ!と意気込んでいる。
なんだか親バカのような話で恐縮だが、私自身が自分の子供から起業家精神を学んだような気がする。決して難しいことをやった訳ではないが、起業とはつまり、世の中のニーズを的確に捉え、そのニーズに応えるためにとにかくまずやってみる、ということではないかと改めて気付かされた。だが、それ以上に大事なのは、起業家精神を醸成する周辺環境ではないかと思う。シリコンバレーなので挑戦する子供に寛容的な大人が多いのは事実だろうが、自転車を安く手早く修理して欲しいというニーズが決してシリコンバレーだけに限定されるわけではない。掘り起こした潜在ニーズは、それをオンデマンドで自宅でやって欲しい、ということであり、それはどこにでも存在するはずだ(勿論、ユニコーン級のビジネスアイデアではないが)。
だが、日本で同じことをやっても成功するだろうか?正直に言ってそうは到底思えない。それどころか、「未成年にこんなことをやらせていいのか?もしちゃんと修理できなくてその後事故にでもつながったら親は責任を取れるのか?」と世間の批判の嵐に会って、やる前に潰されてしまうだろう。コロナ感染拡大をいつまで経っても抑制できずオリンピック中止も決断できない日本の優柔不断さが露呈してしいるが、そういったリーダシップ欠如の責任回避主義というのも、元を辿ればルールを守ることだけを重視させられ、あれもダメこれもダメ、と幼い頃から「迷惑をかけないこと」ばかりしつけらてきれた減点主義の日本社会の根深い問題ではないかと思う。前例のないことにどう対処すればいいのかわからない。だから何もせずに周りの雰囲気に流されそのまま何もしない。残念ながらこれが海外から見た日本の現実である。だから同じロジックを自転車修理ビジネスに当てはめてみても、子供がそんなことをやるなんて聞いたこともないし、親もサービスを受けた大人も責任を取れないのでやめておこう、というのが日本人の常識だろう。でも、なぜダメなのか?本当に何が問題なのか?と深く問い詰めれば、本質的には何も問題はないはずなのである。
私の子供が将来どんな大人になるのか、当然ながら誰にもわからない。それでも「やってみたい」→「やってみよう」→「やれた」というポジティブな経験を若いうちに習得すれば、次に難題に直面してもとにかく何か行動を起こしてみようという自信につながるのではないかという気がする。つまり、起業家精神とは突き詰めると「とにかくやってみる」ことであり、周りが後押しする環境さえ整っていれば実経験を通じて身につけることができる「スキル」だ、というのが私の結論だ。
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