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【スタートアップ】スピードと組織統制とのバランス

  • Yas Kohaya
  • Dec 2, 2020
  • 7 min read

今年のカリフォルニアは大規模な山火事が多発し、各地で甚大な被害を及ぼした。Jobyも例外ではなく、本社付近まで火が迫り一時期は施設へアクセスできなくなっただけではなく、本社周辺に住む従業員の多くが避難を強いられ、自宅を焼失した社員も多く出た。それでも開発を止めることなく、一部社員は仮住まいで開発業務を続けここまで順調に来ているのはJobyが熱血イノベーター集団のような組織だからだ。


Jobyの社員は驚くほど個人の能力が高く連帯意識も高い。世の中にまだ存在しない「空飛ぶタクシー」という夢のような技術とサービスを実現しようという、一般人からすればクレイジーなミッションに挑戦しているのだから能力が高い人材が必要なのは当然だが、それ以上に、壮大なビジョンにベクトルを合わせる過程で自然と運命共同体のような意識が生まれる。例えば、飛行試験中にモーターが壊れたとする。翌日の試験を遅らせないために交換部品を製作しなければならない、となると、担当技術者が即座に出動し不具合を特定して交換の準備に取り掛かる。そして「誰か試験場まで部品を運んで!」とSlack上で全社員に協力を呼びかけると必ず誰かがそれに応じ、夜中でもドライブして部品を届け、担当作業者は徹夜で交換作業を行い、計画通りに翌朝飛行試験を実行する。そんなFirefighting(火消し)が当たり前として求められるだけでなく、そうした社員が英雄として扱われる。


また、Jobyは非常にフラットな組織で、(前述の不具合対応の事例のように)社員は指示系統なしに自発的に動く。なぜフラット組織が機能するのか?それはスタートアップにとってはスピードが命で、止まることは死を意味するからだ。スタートアップが市場で成功する唯一の手段は既存の大企業よりも速いスピードで新技術を製品化することだ。そのためには作って壊れたらすぐに改善して作り直す、というサイクルをもの凄いスピードで繰り返すことが求められる。世の中に存在しないものを作り出すということは、前例もなければ成功フォーミュラも存在しなく、トライアル・アンド・エラーを繰り返しながら手探りで進めるしかない。eVTOL(電動垂直離着陸飛行機)というハードとソフトを融合した高度技術製品は、モジュラー化されたソフトウェア開発とは違って「すり合わせ技術」の塊だ。そのような画期的な技術を実現させるためには、技術者一人一人が自らやるべきことを見極めすぐに実行しなければならなく、上司から指示されるまで待っている余裕などない。それが故にフラットな組織の中で技術者が自ら行動する必要がある。それはじっくりと計画を立てて問題が発生しないように着実に実行する大企業のやり方とは正反対で、一見非効率に思えるが、この方が学びが多く、結果的にゴールに早くたどり着ける。あうんの呼吸で各個人がやるべきことを言われなくても理解し、自分の責任範囲を超えてでも必要であれば何でもやる。アーリーステージのスタートアップに参加する人材はそんなカオスで常に流動的な環境をあえて楽しみ、ビジョンやミッションは共有しつつも個人プレーの連携によって前進していく。


ところが企業が成長して組織が拡大し開発も徐々に複雑になってくると、スタートアップの良さが逆に障害になってくる。このタイミングは私の経験からすると、組織規模で言うと300−400人程度になったとき、そして開発が中盤を迎え様々な課題が見えてきた時だと思う。


弊害となる理由は会社毎に異なるかもしれないが、いくつかの共通点があるのではないかと思う。


  • 社員数が増えると情報が伝わりにくくなりコミュニケーションや連携が複雑化する

  • 組織体制が未熟で指示系統も決まってないために、意思決定が必要となったときに誰が決めればいいのか不明確

  • 製品が開発途上だとトライアル・アンド・エラーを続ける必要があるが次第に技術課題が複雑化し、スピードを維持するか、一旦ペースを落として組織全体としての調整を優先するかのトレードオフが発生し始める


例えば、ものづくりの世界では性能と品質の両立という壁に必ず直面する。設計者は技術の限界まで性能向上にチャレンジしたいと思うが、耐久性、安全性などといった量産製品としての品質を確保するためにはどこかで妥協せざるを得ない。しかもそのバランスは部品一つだけで解決するものではなく、製品全体をトータルシステムとして最適化しなければいけない。


大企業にとって、この摺り合わせプロセスは当たり前のように思えるが、スタートアップの人間は必ずしもそれが最適とは思わない。それは、とにかくスピードが第一で立ち止まっている余裕はなく、調整している暇があれば目の前の課題をどんどん解決するべきだ、という意識が根付いているからだ。個人プレーによる”Firefighting“(火消し)が優先され、一刻も早く問題を解決できる人材が英雄となる。


また、大企業であれば指示系統を明確にするためにピラミッド型の組織体制にすることが当たり前だが、スタートアップにとっては必ずしもそれが正しい選択肢とは限らない。なぜかと言うと、まだ製品やビジネスが軌道に乗っていない状態で硬直的な組織になってしまうと市場の変化に柔軟に対応できなくなるからだ。会社規模が大きくなっても能力の高い人材が刻々と変化するニーズを捉え臨機応変に動けるフレキシビリティーを担保しておかなければスタートアップに将来はない。


しかし、このスタートアップらしさが逆にサイロ(縦割主義)組織を生み出すリスクとなりかねない。個人プレーを良しとするが故に、誰が何をやって、どう意思決定されているのかが次第に見えにくくなる。コミュニケーションを増やそうと様々な定例ミーティングや報告会が開催されるようになるが、会社全体としてまだグループ間連携やプロジェクト管理などが未熟なため、場当たり的な必要メンバー同士だけの連携になる。しかし意思決定プロセスが組織化されていないため逆にコミュニケーションの複雑化・非効率化を引き起こす。そうなると、良かれと思って始めた定例会議も時間の無駄だという意識が広まって、各個人は逆に目の前のタスクに集中しがちになり、それが更なる縦割り化を引き起こす。マネジメント層も会社が抱える課題を認識しつつも社員一人一人が自分がやるべきことが分かっているはずだと思い込み、スピードを落とすまいとスタートアップ風土を維持しようと必死になる。だが、組織の拡大と課題の複雑化に伴い、各社員も上から指示されないとどの課題を優先していいのか迷い始める。やがて山火事のようにあちらこちらで問題が発生し、火消しに貴重な工数を取られるためスピード低下を招くという本末転倒な状態を生み出してしまう。


トヨタ・リサーチ・インスティチュートでも似たような経験をした。能力の高い人材に自由に研究開発をさせる環境を作り自発的に開発方針を決めさせるスタイルを取ったが、会社が大きくなるにつれて自社のミッションや目指すゴールが共有しづらくなり、また個人の判断に頼ることの限界が露呈し、経営陣に対して明確なゴール設定や、優先順位付け、開発プロセス管理を求める声が次第に強くなっていった。


成長フェーズのスタートアップのチャレンジは、組織を拡大させながらもビジョン・ミッションを見失わずスピード維持と組織統制を如何にバランスさせるかだ。そのためにはスタートアップから大企業に成長するキャズムを正しく見極める必要がある。イノベーション創出にビジョナリーなリーダーは不可欠だが、リーダーの求心力だけ会社を牽引することには限界があり、会社規模と開発進捗に合わせた組織づくりと仕組み作りが必要だ。個人プレーに頼ることへの限界を超えてしまってからでは組織づくりには相当なエネルギーが必要で社員の間で軋轢を生む可能性さえある。問題が噴出し「火消し」が始まる前にオペレーションや意思決定体制を整備し、必要人材を適材適所に配置するという先手を打っていかなければやがて会社として停滞してしまう。


組織は生き物である。目的や目標、そして意思決定を行うための判断材料や情報は常に共有しつつも、柔軟性を保ち各個人の判断に任せる。不確実性が増す世の中で成功するために求められるのは規模を問わずそんな”Nimble”な組織ではないかと思う。

 
 
 

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