イノベーション創出を阻害する日本の下請け依存体質
- Yas Kohaya
- Sep 1, 2021
- 9 min read
私は今年の夏を日本で過ごしたが、日本政府によるコロナ感染予防の水際対策措置のために入国直後にホテル監禁生活を強いられた。帰国者用待機ホテルに切り替えられた都内のビジネスホテルで3泊4日のあいだ狭い部屋を一歩も出ることができなかった。空港でのPCR検査も厳戒体制が敷かれていたが、ホテル待機制度についてもバスの送迎やホテルでの受入体制など、帰国者による感染拡大を防ぐためにかなりの工数をかけて周到に準備してきたと思われる。しかし、海外では国によってはワクチン接種がかなり進み、接種済みの入国者まで長期間に渡り監禁する意味が既に薄れてきており、もう少し海外状況に合わせて臨機応変に対応できないものかと疑問に感じた。コロナ感染対策において常に周回遅れの日本だが、これもきっと政府の硬直的な縦割り組織の弊害なのだろうということは容易に想像できた。
しかしそれよりも気になったのが、入国時からホテル監禁生活、そしてその後の自宅待機の間に遭遇した「下請け丸投げ体質」の実態だ。到着空港でのPCR検査や、自宅待機時に必要なアプリのインストールの確認、ホテル受入・滞在中の対応、そして自宅待機中に掛かってくるビデオチャットの連絡まで、驚くほどの多くの人員が導入されていたが、私が見る限りその全ては下請け業者が対応していて、管轄する外務省や厚生労働省の顔は全く見えない(しかも各ステップにおいて大量の紙の説明資料を渡され、日本がデジタル後進国であることをつくづく気付かされる)。受託した業者の各担当者一人一人は丁寧に対応してくれるのだが、マニュアルに従って指示されたことをやっているだけで、その丁寧な対応が逆に感染の危険性を高める「密」な状況を作ってしまっていたりと、本末転倒な場面に幾度も遭遇した。とにかく決められたことをきちんとやる、ということが最優先となってしまい、感染予防という本来の目的に対して完全に思考停止しているようで、唖然としてしまった。日本社会の今を象徴する「マニュアル対応」の愚の骨頂である。
これがイノベーションと一体どう関係しているのか?日本社会で蔓延しているこの下請け丸投げ体質がイノベーション創出を阻害するからだ。
現在の日本の産業は下請け企業依存が深刻化している。例えば自動車業界では垂直分業が進み、大手自動車メーカーの内製率は今や3割と言われ、完成車メーカーは何千もの部品サプライヤーから成すピラミット構造を維持するためのプロジェクトマネージメントを専業とする「管理会社」と化している。重厚長大産業を代表する自動車業界はリスク分散が必至な上、成熟した自動車という製品の更なる高品質化・低コスト化にはサプライヤーの効率的な活用は欠かせない。しかし、その効率体制は新技術開発となると弊害となりかねない。特に世の中に存在しないような画期的なイノベーションの創出となると尚更だ。
私はかねて大企業がイノベーションを興すには自前主義を捨ててスタートアップ協業を推進するべきだと提唱してきたが、そこには重要なポイントがある。単なる協業で終わるのではなく、そこから得た学びを自社の能力として取り込むところまでやらなければ真のイノベーションは興せないということだ。つまり協業が目的化となってはだめで、そこからどうやって自社の中で改革を起こすか、ということが大切なのだ。
Jobyを例に取ると、eVTOL(電動垂直離着陸機)の技術は、機体から電動モーター、バッテリー、統合制御ソフトウェアまで10年以上を掛けてほぼ全てを内製開発してきた。それは、世の中に存在しないモノを造ろうとするとき、自前でなければ開発自体が成立しないからだ。そもそも部品サプライヤーに外注しようにも該当技術を持っている企業は存在しない。だがそれ以上に、試作品を造りテストして壊れたら改善してまた試作する、というトライアル&エラーのサイクルを速く回すためには社内で完結する開発・製造体制を構築しておかなければ成立しない。ましてやeVTOLのような高度技術は、軽量化や省エネルギー化が求められるだけでなく、ハードとソフト全てが一つのシステムとして統合的に作動しなければいけないため、一部だけでも外注化しようものならそれがボトルネックとなり、開発スピードを落としかねない。サプライヤーとの契約書で揉めている時間の余裕などなく、また外注先の要求仕様に合わせて重量や効率性を犠牲することなどの妥協は絶対に許されない。
例えばJobyのeVTOLの制御は40以上のソフトウェアモジュールから構成される完全フライ・バイ・ワイヤ・システムで、電動推進モーターから操縦翼面を作動させる超高回転電動アクチュエーターなどをインセプターと呼ばれるジョイスティックのインプットに瞬時に反応するよう緻密な統合制御がされている。従来の飛行機やヘリコプターの場合、そのようなコントロールは全て機械か油圧で制御されており、航空業界に協力を求めようにもそのような高効率な電動システムを開発している企業は存在しない。もしそのような高度技術を開発している企業があったとしても、それを既製品として取り付けたところで、要求性能に合致するとも限らず、結局カスタム製品を造らざるを得ない。とにかく自分で試作し壊れたらまた作り直して完成度を高めていくしかない。
EVの世界では水平分業化により異業種が参入しやすくなると言われており、それがeVTOLの世界にも適用できるのではないかと思う人もいるかもしれないが、それは自動車という製品が既に成熟化しており、各部品の仕様やインターフェースが業界標準化されているからだ。例外はテスラで、彼らは画期的なEVプラットフォームを一から造り上げるためにやはり全てを内製開発してきた。例えば同社はModel Sの内装に巨大モニターを採用することで世界を驚かせたが、その当時は自動車スペックの液晶パネルを開発しているサプライヤーは存在しなかったのでやはり自前開発した。自動車メーカーが液晶パネルを自社開発するなど通常では考えられないことだが、自前でやらなければ実現できなかったのである。今や多くの大手自動車メーカーがこぞって大型モニターを採用しているが、それもテスラという新興企業が業界に革命を起こした結果である。eVTOLも同じで、技術標準が全く存在しないため水平分業は成り立たなく、自社開発を貫いて技術革命を起こすしかない。
もちろん自前開発にも課題はある。実用化されていない製品を開発するためには高度なスキルを持った人材を採用しなければいけなく、それは容易ではないし時間もかかる。そのような優秀な人材はGAFAを代表とするIT企業から引っ張りだこであり、激化する人材獲得競争を勝ち抜くためには、財務的に盤石でなければいけなく、常に資金調達と格闘するスタートアップにとっては厳しい現実を突きつけられる。しかし、熾烈な競争が繰り広げられている最先端技術領域で生き残るためにはスピードが命で、スケジュール遅れは絶対に許されない。高度技術開発をマネージするためには適切なリソーセス管理という観点からも外注化は避けられないのでは?という批判は常につきまとうが、量産化に成功するまでは外注化が逆にアキレス腱となりかねない。
比べて日本はそういった世界の激変から取り残されていると言わざるを得ない。理由は様々だが、変われない理由の一つとして、大企業の人事制度が硬直的で新しいアイデアを製品化する組織や仕組みに欠けているという現実がある。またイノベーションが興せない理由として、下請け依存体質が蔓延していることも影響していると私は考えている。新しいことをやるためには様々なスキルを持った優秀な人材を集め、一つの組織としてベクトルを合わせて切磋琢磨することが必須だが、その必要な人材が社内にはいないため、大抵の場合は社外に専門スキルを求めざるを得ない。私もトヨタ在籍時代に数多くのいわゆるイノベーションプロジェクトに関わってきたが、アイデアはあってもそれを実行できるスキルが社内には存在しなかったため、結局は外注管理プロジェクト化となってしまった経験がある。しかしそれではノウハウが蓄積されないし、Proof of Conceptとしては成功したとしても、その先事業化するための人材や仕組みがないために判断に時間を浪費し、とは言え始めたらなかなかやめるわけにもいかず、結局ダラダラと継続してゾンビ化する事例をいくつも見てきた。
例えば自動車企業がMobility As a Service(MaaS)事業に参入しようと仮定する。アプリ開発できるソフトウェア人材が社内には存在しないため、社外への開発委託を決定する。成功するかもわからないプロジェクトに対してプロパー社員を採用するよりも外注化した方が迅速且つ低コストでせめて実証実験までは漕ぎ着けるはずだからと、一見は妥当な判断と思われる。受託した下請け企業は様々な技術仕様やユースケースを決めてくれないと開発に着手できないため、委託元企業の担当者と調整を繰り返す。ところが時間を掛けてやっと仕様が確定したときには世の中が変わってしまってコンセプトや機能が陳腐化してしまう。なんとかプロジェクトを延命させようと懸命に改良を試みるが、開発会社との仕様がガチガチに縛られているために柔軟に変更することもできず、時間とお金を費やすだけで結局使い物にならない製品となりプロジェクトは失敗に終わる。こんな光景を見てきたのは私だけではないのではないだろうか。
「下請け企業依存症」は自動車のように単一商品を事業とするピラミッド構造業界の特徴かもしれないが、日本中を見回すときっと例外ではないはずだ。その依存症の最たるものが冒頭で説明した日本政府のコロナ感染予防の水際対策措置であろう。使い勝手の悪いアプリばかりを開発し、外注化したためにバグだらけでも改善に手間暇をかけ、しかも感染予防には効果がなく、本末転倒の始末である。このように、前例のない新しいことに取り組もうとするとき、下請け企業への依存から脱却し自前でやり切る覚悟を持たない限りは、激変する世界についていくことはできない。
もちろん、イノベーション枯渇状態を打開するために昨今では様々な取組みが行われてはいる。日系独立VCとタッグを組んで社内に埋もれているアイデアを事業化・スピンアウトする取組みは好事例の一つだ。また、トヨタがToyota Research InstituteやWoven Planetといった研究開発子会社を設立し、独自の人事・開発制度の元で優秀な人材を獲得し、本社のマイクロマネージメントから隔離された環境の中で画期的技術をインキュベートするのも一つの手段ではある。但し、そのような会社(=箱)を先に設立してから技術開発に取組むという「箱作り先行型イノベーション創出」にも課題はある。次回のブログではそこを深掘りしたいと思う。
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