テスラ協業から学んだ事(2020/6)
- Yas Kohaya
- Jun 1, 2020
- 8 min read
Updated: Aug 29, 2020
私がトヨタ在籍中にスタートアップ連携や投資に関心を持ったのは、「大企業が画期的なイノベーションを起こすには何が必要なのか?」という好奇心があったからだ。そしてその探究のきっかけとなったのがテスラとの提携だ。テスラは私がビジネススクールに留学している2007年頃からアメリカでは注目を集めていて、当時はまだロードスターも構想でしかなく商品化されていなかったが、それでも学校で開催されたテスラ幹部の基調講演会には多くの生徒が訪れ熱気と期待に満ちていた。卒業後にテスラに就職する同級生もいて、この会社が自動車業界に革命を起こすのではないかという予感はあった。
私がテスラ協業プロジェクトに参画したのは提携が発表されてしばらくたってからのこと。提携を取りまとめた人が以前同じ部署で働いていたことから、その方に直訴して協業の総括担当にさせてもらい、交渉窓口としてRAV4EV共同開発の契約をとりまとめ、2社間の長期的戦略を議論するために毎月のようにシリコンバレーの本社を訪問した。トヨタが提携した理由について、豊田社長は当時「ベンチャー精神を学ぶため」と語っていたが、私がこのプロジェクトに関わりたかったのもそのためであり、テスラ の革新的技術を如何にトヨタの技術開発に取り込めるかの挑戦だと考えていた。それだけに結果的に協業が失敗に終わったことが悔やまれるが、ではなぜ失敗だったのか、鍵となるポイントをまとめてみた。
◆協業失敗の理由その1:文化の衝突
企業文化の違いは当初から想定されていたことで驚きではなかったが、やはりそれが協業の妨げになったことは否めない。テスラは自動車業界の革命児として、既存のやり方を否定し最先端技術をスピード感を持って追求することが使命であり、地道な改善の繰り返しと慎重な意思決定を重視するトヨタとは油と水のような関係であった。例えば、試作車の製作ステージでは、トヨタではPDCAサイクルを回して試作車の初品ができるまでに不具合を徹底的に潰し込む。ところがテスラでは完璧でなくてもまず製作して試してみて、問題があれば次の試作車に反映してレベルアップするというサイクルを回す。誰も実現したことのない技術にチャレンジするのだから造ってみなければわからない、というわけだ。その代わりに実行スピードがトヨタでは考えられないほど速い。技術者同士の雑談の際に、トヨタ技術者がPDCAの重要性を訴えると、彼らは「トヨタがPDCA文化であれば、我々は『PDPDPD』の繰り返しだ」とジョークを言っていたことが今でも記憶に鮮明に残っている。まさにシリコンバレーのリーンスタートアップ手法をハードウェア開発にて体現していた訳だが、それがトヨタの開発手法にそぐわなく、常に対立の原因となっていた。
◆協業失敗の理由その2:商品戦略
自動車業界ではEVは儲からないという共通認識がある。環境対応やブランドイメージにEVは欠かせないものの、「バッテリーコスト(走行距離)」「充電時間」「バッテリー劣化」という3つの課題を克服できない限り普及は難しい。テスラ は巧みなブランド力で市場を席巻しているが、結局は高級ブランドと位置付けて高い値段を付けることでEVの課題を克服しているにすぎない。一方でトヨタはフルラインアップブランドであるが故に一部の富裕層だけに訴求することはできない。つまり普及してこそ環境技術に取り組むのであって、バッテリーコストの問題を高い値段を付ける事で解決するわけにはいかないのだ。しかし、そこでジレンマが生じる。一般消費者の手に届くEVを造るためには既存車両を改造した方が開発費が抑えられる。しかしそうすると既存プラットフォームにバッテリーを押し込めないといけないのでバッテリー搭載量や車両運動性能などに制約がある。しかも見た目もあまり変わらないので商品としての魅力にも欠ける。本音はEV専用プラットフォームを一から開発したいがそれがなかなかできないのが現実なのである。
そこでテスラの成功を改めて考えてみると、それは「熱狂的ファンの期待に応える商品づくり」という結論にたどり着く。自動車業界の既成概念を覆し、奇想天外な発想で最先端技術やビジネスモデルに果敢にチャレンジする姿勢とスピード感が人々を魅了した。消費者にとってテスラ 商品を所有することは、環境に良いからというよりも「イーロンマスクの夢を実現するために応援する」という意味合いの方が強く、Autopilotなど未完成の技術でも一から自前開発し製品化することで商品力を高め、その結果ブランドイメージを早期に確立し、富裕層のステータスシンボルにまで昇華させた。また、テスラユーザーが求める価値も先進的なコネクティッド技術など旧来的な高級車の価値観とは異なり、スマホが常に進化するのと同じ感覚で多少の不具合は当たり前と受け止めた。つまり、アーリーアダプターが(場合によっては未完成の)最先端技術を試すことで、メーカーとユーザーが一緒になって製品を造り込む好循環を生み出したのだ。
一方で、トヨタが協業で重視したのはカリフォルニア州のZEV規制対応と確実な品質保証だった。できるだけコストを抑えるために既存車両を改造し、ZEV規制に必要な最低限の生産台数に抑える手段を取った。その時点ではまだテスラはモデルSの開発中で技術力は未知数であったし、トヨタブランドの商品として世に出す以上はトヨタ他車と同等の品質、信頼性、耐久性が必達だったので、市場クレームを出さないためにも初めての協業プロジェクトスコープとしては必要な判断だった。また初代RAV4EVのイメージを引き継いだ「電動SUV市場の先駆者」という位置付けで商品力を吟味した上での判断でもあった。だが実際に市場投入すると予想通り購入者はトヨタ並み品質を要求した。パワートレインはモデルSと同一製品であるにもかかわらずモデルSでは指摘されないような不具合でもRAV4EVユーザーはクレームをつけてきた。結局は発売時期が次期RAV4のモデルチェンジと重なってしまったため、「旧モデルを電動化しただけのZEV対応車両」というレッテルを貼られ、商品力不足から計画を下回る台数しか売れなかった。

既存プラットフォームを活用してコストを抑え手に届く商品を提供するか、一から新開発して高コスト・高価格な商品を富裕層に訴求するかは経営判断であり、どちらが正しいという訳では無い。しかし、提携が発表されて10年が経った今、ブランドイメージや企業価値でトヨタとテスラ のどちらが先を進んでいるかと言うと、疑いもなくテスラ である。品質・信頼では誰にも負けないトヨタではあるが、「環境・先進技術」イメージでは完全に負けていると言わざるを得ない。もしテスラ との提携で既存車両の改良ではなくてもっと画期的な車を一から共同開発していたら、今頃トヨタの競争力やブランドイメージは違ったのではないか。もちろん、提携当初から新プラットフォームを一から共同開発するなどといったハイリスクな判断は誰も出来なかっただろう。しかし、守りの取組み姿勢がテスラの革新性を取り込むことを阻害し、画期的なEVを開発するチャンスを逃してしまった。結局のところ、提携の失敗の根元はその企業思想の違いによるものだったのだろうと思う。
◆協業失敗の理由その3:社内抵抗
豊田社長は提携を決めるにあたって激しい社内抵抗に直面することを予測していた。それでもベンチャー精神を社内に吹き込むために提携に踏み切ったが、やはり当時の社内反発は相当なものだった。その時点でテスラ が販売していたロードスターはパソコンに車輪が付いたようなもので、トヨタ社員が見るにまともな自動車とはお世辞でも言えないぐらい酷い品質だった。「いつ倒産するかもわからないベンチャー企業に巨額金をつぎ込むよりも、内製EVの開発費に充てるべきだ」という意見は根強く、役員間でも相当議論された。その後のテスラの成功を当時予想することは誰もできなかったし、環境技術はトヨタにとって負けられない領域であるから、真っ当な意見ではあった。加えて、(恐らく社長が社内抵抗を阻止するために)当時のEV開発部門が協業プロジェクトから排除されたことや、そもそもの社内リソーセス不足を理由に、プロジェクトチームの大半はトヨタグループ会社からの技術者で構成されることになった。その結果、社内では「どうせ社長プロジェクトでしょ」と冷ややかな目を向けられ、トヨタとしての学びが得られなかっただけでなく、難しい共同開発に尽力した技術者もその努力が認められることはなかった。
最終的には、モデルSが想定以上に大ヒットしたことで逆にトヨタとの協業が足かせとなり、お互いに提携を継続する熱も次第に冷めていった。共同開発したRAV4EVはカリフォルニア州限定の小規模生産に留まった。その先の量産モデルの話があっただけに、提携がそこで終わってしまっただけでなく、ベンチャー精神をトヨタに吹き込むという本来の目的も(プロジェクトに関わったごく一部の社員以外は)実現できなかった。実は、今でも「なぜトヨタはテスラを買収しなかったのか?」という質問を聞かれることがよくある。しかし、自分自身の経験を振り返ってみても、それがお互いにとって最善案だったかはわからない。もしトヨタがテスラの真のポテンシャルに気づき、経営や開発により深く関与していたら、逆にトヨタのマイクロマネジメントに押し潰されてここまで成功はしていなかっただろう。また、トヨタにとっても赤字経営が続くのテスラをどこまで救済するのか、という社内外のプレッシャーが常につきまとっただろう。トヨタの支援によってテスラが軌道に乗ったことは疑いのない事実だが、トヨタとの縁を切って我が道を歩んだからこそ今の成功につながったとも言える。
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