シリコンバレー人材の活用(その1)
- Yas Kohaya
- Dec 1, 2021
- 8 min read
Updated: Jan 8, 2022
先回のブログではイノベーションの取組みにおける出口戦略の重要性について語ったが、今回はその出口戦略の成否を左右する人材活用について解説する。なお、このブログではシリコンバレーで通用する優秀な人材という意味で「シリコンバレー人材」と称するが、イノベーション活動を推進するにあたって人材採用は地域を問わずグローバル企業共通の課題であり、日本にとっても他人事ではない。
まず、「シリコンバレー人材」という言葉からどのようなイメージを想像されるだろうか?きっとスタートアップ企業を転々とし、ストックオプションを報酬として手に入れ上場で億万長者を目指す、といった印象を持つ人も少なくないだろう。実際のところ、(統計はないものの)シリコンバレーの平均転職サイクルは2、3年と言われる。しかし、転職動機は必ずしも「一獲千金」が目的ではない。シリコンバレーに限らず、アメリカでは日本のような昇格制度がない企業も多いため上のポジションを目指すためには転職して要職につくしかないケースが多い。また、日本の一般サラリーマンとは異なり、特にシリコンバレーで通用するような優秀人材は一人一人の能力が高く専門的な高度スキルを持っており、そのスキルが活用できる場所を求めて転職を繰り返すケースも少なくない。しかしシリコンバレー人材はそういった報酬や成功に貪欲なタイプだけかと言うとそうでもなく、ライフステージ次第でより安定した仕事を求めたり、自分が探求したい課題に没頭できる環境を求める人材もいる。
だが、どんな価値観を持った人材であってもシリコンバレー市場の報酬水準は非常に高い。特にGAFAを代表とする一流IT企業から引っ張りだこになるような優秀な人材は景気に影響されることなく簡単に転職先を見つけることができるので、満足いかないとすぐに辞めてしまう。日本企業としてシリコンバレー人材を獲得したければそんな熾烈な競争環境の中で戦わなければいけない。では日本企業は何をすれば優秀なシリコンバレー人材を採用し、うまく活用することができるのか?私は人事部門出身ではないので人事制度の詳細などについては語れないが、押さえるべき重要なポイントを解説したいと思う。
ビジョン・目的
まず(当たり前のようだが)なぜ自社がシリコンバレーに進出するのか、そして何を達成したいのか、という明確なビジョンが欠かせない。そしてそのビジョンが壮大であるほど人は心を動かされる。シリコンバレーには、世界を変えたい、今にない技術や商品で既存市場を破壊(Disrupt)したい、という野心を持つ人材で溢れている。彼らの心に響くビジョンを訴え、「ここで働きたい」と思わせるためには自社の事業目的に対して具体的にどのように貢献でき、その成果がどう評価されるのか、そして結果的に世界をどう変えるのか、というストーリーを明確に語れないといけない。企業のネームバリューでは誰も来なく、例えトヨタのような知名度の高い企業であっても優秀人材が無尽蔵に募集してくるなどあり得ない。TRIのような大胆な取組みをしてもGAFAとは太刀打ちできないほどアウェイな環境なのである。当たり前のことをあえて言及するのは、今の日本に世界を動かす壮大なビジョンを打ち出しそれを実行できている企業があまりないからだ。日本を代表する自動車産業でさえ今やテスラやリヴィアンといった新興企業の脅威に晒させる厳しい時代に突入しており、そういった勢いのある企業に対してトヨタでさえ見劣りしてしまう。自動車以外の業界だと事情は更に厳しく、海外から見た日本は完全に「スルー」される国になってしまっている。それだけ人材採用も難しいということを覚悟しなければいけない。
特に重要なのが、先回のブログ『TRIは成功だったのか』でも語ったように、成果物をどのように世界に発信するのかという出口戦略を持つことだ。日本企業がシリコンバレーに進出する場合、研究開発(R&D)会社を設立し、研究テーマや予算を本社が年度管理し成果物の知的財産を本社に還元させるパターンが多く、現地人材の有効活用方法として今でも多くの企業が採用しているが、問題は現地人材が出した成果を十分に活用できていないということである。せっかく叡智を結集して期待以上の結果を出せたとしても、年度末に本社に報告した後はブラックホールに吸い込まれるかのように消えてしまいその後どうなったのか全く分からない、という非常に残念なことが今でも繰り返されている。
別にシリコンバレー人材を問わず、誰だって自分が手掛けた仕事や成果物で世界にインパクトを与えたいと思うものである。それは研究者であれば例えば論文だったりするし、プロダクトディベロッパーであれば製品だったりする。どんな才能を持つ人材を集めたいかはその事業の目的によっても異なるが、研究(R)中心であろうが、開発(D)中心であろうが、成果をどう活用するかという具体的な「出口戦略」を持っておかなければ採用した優秀人材も宝の持ち腐れとなり、やがてモチベーションが低下し、対処しなければすぐに辞めていってしまう。
実際のところは成果が出る前から出口戦略を決めることは難しい。現地の優秀な人材を活かすためにはある程度の自由度を与え、彼らの想像力に任せることによって本社の人材では得られないアウトプットを得るというのが本社の狙いではある。そのためには本社側でガチガチに管理していては期待を上回る成果など出るはずもない。しかし成果が出てから本社にどうつなぐかを考えても文化や技術完成度の違いなどからうまくいかないケースの方が多い。期待以上の成果を出して本社も気に入ってくれたと思っていたのに、その後全く進展がなくて「一体私はあの仕事を何のためにやったのだ?」とせっかくの才能を無駄にするお粗末な技術マネジメントは日本企業間で実際によくあるケースなのだ。
採用活動はグローバル
優秀な人材はシリコンバレー以外にも存在する。逆にシリコンバレーだけで人材を探す時代は終わったと考えた方がよい。どんな優良企業でも世界中から採用せざるを得ないグローバル人材争奪戦の時代に既に突入している。更にシリコンバレーにおいては生活コスト高騰という問題も存在する。そのせいで州外への人口流出が加速しているだけでなく、他州から採用しようにも引越ししたがらない人も多くなってきている。カリフォルニアは既に「憧れの場所」ではなくなっているのだ。
とは言え、シリコンバレーに優秀な人材が集結している事実に依然変わりはなく、ネットワークの構築・活用という意味でも未だにシリコンバレーに拠点を構える意義は大いにある。実際のところ、シリコンバレーでの採用活動は人脈を通じて優秀な人材を紹介してもらうケースが非常に多い。例えば以前に同じ職場で働いていた同僚を抜てきするとか、クチコミで評判の高い優秀人材をネットワークを通じてアプローチするなどの行為は日常茶飯事だ。とにかく人脈が組織づくりを大きく左右する。知名度のない日本企業にとっては従来的な求人募集をしたところで優秀な人材は集まるはずもなく、まずは人脈を構築して信頼できるネットワークから紹介してもらうしかない。ハイプロファイルなポジションの場合はヘッドハンターを使うのも効果的だがコストも高いので、組織を引っ張る著名な人材をまず獲得して、その人のネットワークの中からさらに優秀な人材を引っ張ってくる、という好循環を作るべきだ。TRIの場合も、まずはギル・プラット博士というロボティクス研究コミュニティにおける権威をトップに置き、彼のネットワークから業界で名の通ったAI研究者を誘い周りをかためていった。そうすると、そこで働きたいと志願するAI研究者が現れ、優秀な人材の存在が更に優秀な人材の呼び水となる好循環を作り出すことができた。
余談ではあるが、ギル・プラット博士がトヨタでのオファーを受ける前、その当時グーグルのロボティクス部門のトップを勤めていたジェームス・カフナー博士から誘いを受けていたという。プラット氏はそれを退けてトヨタに入ることを決意したのだが、TRIを設立するに当たって今度はプラット氏がカフナー氏に声を掛けCTOポジションに擁立した。ヘッドハントされる側が逆にヘッドハントするという逆転現象が起こった訳だが、日本ではあり得ないこういった行為もシリコンバレーでは当たり前の採用活動の一環なのである。その後カフナー氏はトヨタ自動車の子会社Toyota Research Institute Advanced Development(TRI-AD、現Woven Planet)のCEOとなり、今やトヨタ本社の取締役にも就任している。極端な例ではあるが、人脈が企業を大きく変える好事例と言えるのではないかと思う。
話を戻すが、シリコンバレーが人材戦略という観点で引き続き重要であることは間違いないが、生活コストや報酬額の高騰という理由から確実に事業継続が困難な場所になってきていることも疑いのない事実である。そのためにシリコンバレー以外の人材も積極的に獲得し、拠点も分散する戦略を取る必要がある。TRIも設立当初からボストンとミシガンにも拠点を構え、組織を分散させてきた。開発の連携の難しさもあるが、昨今はリモートワークの環境も進んでいることから、住みたい地域に拠点を構える(或いは恒久的なリモートワークを認める)という考え方はシリコンバレー企業でも定着してきている。
次回のブログでは、シリコンバレー人材に活躍してもらうための報酬制度について説明したいと思う。
(次回に続く)
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